「ゼロ、検査おわったの」
ゼロがラボから出ると、エックスに声をかけられた。

話があるんだけど、時間ある?と聞いてくるエックスに頷いて返し、人気の無い廊下を並んで歩く。
「研究者たちに、無茶なことを言われてないか?」
「何の話だ」
聞き返すと、エックスは周囲に誰もいないか確認してから、小さな声で話し出した。

「人間は、ボクたちのこと、怖がってるよ。レプリロイドの規制を強化しろって話が出てるんだ。
ゼロ、君の立場も、危ういんじゃないかって…」
つい先ほどまで、ゼロは人間の科学者達と自らの処遇について話し合っていたところだ。
ゼロの力を危険視し、もう一度封印すべきだという声も多く挙がっていた。
…ゼロは、それに異存は無かった。きっと、自分はまた新たな戦いの火種となり、友を危険に晒す
のだろう。それだけは避けねばならない。
この話をエックスに教える気は無い。彼は反対するに決まっている。
しばらくの間、沈黙が続いた。2人の足音が、静かな空間に反響する。
隣を歩くエックスに、違和感を感じてゼロは立ち止まった。
自分より一回り小さな体をつかんで、高く持ち上げた。違和感の原因を確信した。
「何するんだ、降ろして…」
「お前こそ、何をしたんだ。かなりの量の内部パーツを失っているだろう。
気付かないとでも思ったか。」

いつもより軽くなったエックスを睨み付ける。自らの身は省みないゼロだが、
この小さな友人が傷つくことは腹立たしかった。
広く破壊神と恐れられるゼロに睨まれようが、エックスは少しも怯まない。
場違いにのんきな声で、おろしてよー、などと言っている。

「エックス、お前は中身をどこにやったんだ」
「ボクの方が君の心配をしてたのに、」
「答えろ」

強く問いただすと、エックスはいたずらを怒られた子供のように、ばつが悪そうに白状した。
「新型レプリロイドの開発に必要だから、パーツをいくつか提供したんだよ…」
「科学者達に言われるままにパーツを差し出したのか!?お前、そのうち中身が空っぽになるぞ!」
「大丈夫だよ…」
エックスは器用にゼロの腕から抜け出したが、着地の際にわずかによろめいた。
「何が大丈夫だ!」
「大丈夫だってば、ちゃんと替えのパーツは作らせてるから…」
「替えのパーツが作れるなら、直接お前の体から抜かなくてもいいだろう。」
視線を逸らそうとするエックスを、ゼロはよりいっそう強く睨みつけた。

「…ゼロ、ボクは人間の言いなりになってるわけじゃないよ。
必要だと判断したから、自分の意思でパーツを提供したんだ。
開発中の新型レプリロイドは、ボク限りなく近いDNA構造で…
ウィルスや、悪用されたサイバーエルフによる洗脳に完全に近い耐性を持っている筈だ。
耐性の強いレプリロイドが普及すれば、君の…」
エックスは、一度言葉を切って、言いにくそうに続けた。
「君のウィルスも、問題にならなくなるかも…」
「お前と同等のレプリロイドなど、そう簡単には造れない。
それに…俺の問題は、俺が解決する。」

「ゼロ、少しはボクを頼って。君を処分すべきだって意見が出てるのは知ってるよ…
でも、そうならないように交渉してみるから。彼らの欲しがっているデータは、ボクの…」

エックスはまだ何かを言おうとしたが、通信の呼び出しによって遮られた。
「…はい、こちらエックス… … …わかった、すぐにそちらに向かう。
…ごめん、ゼロ。急用ができてしまった。」
小走りでエレベータホールへと向かうエックスを見送ってから、ゼロは再びラボへ引き返した。

ゼロの心に、焦りが生じていた。
エックスは、ゼロがこの世界から去ろうとしていることに薄々気付いている。
そして、それを防ぐために自らの身を削るような無茶をしているのだ。
エックスの生まれ持った性能と、彼が100年以上に渡って蓄積してきたデータは、
科学者達に…いや、この世界にとって、非常に価値があるものだ。
おそらくエックスは、そのデータをゼロの処遇をめぐる交渉に使うつもりなのだ。

違う、だめだ。お前の、お前のその力は、そんな事の為に使うんじゃない。
お前の理想の世界を成し遂げるために使われるべきだ。
エックスの理想を阻む要因は、全て潰しておかなければならない。
やはり、自分は…この呪われたウィルスを抱えた身は、エックスにとって障害にしかなり得ない。

―彼の障害となるものは、全て無くさなければならない。

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