オメガとの対決から、数ヶ月が過ぎた。
バイルの支配から新たに逃れてきたレプリロイド達がやって来て、レジスタンスベースも慌しい。
彼らからの情報によると、レプリロイドばかりでなく、人間すらもネオ・アルカディアから逃げ出そうとしているらしい。

シエルはバイルから逃れようとしている人々を救う計画を立てている。
トレーラーで各地を移動しながらバイル軍と戦う作戦らしいが、トレーラーの整備に時間がかかるらしく、作戦決行はまだ先のようだ。

ゼロの役目は、戦うことだ。
今はまだ、彼の出番では無い。

ゼロはレジスタンスベースの屋上に出て、周囲を見渡してみた。
この周辺は、まだ静かだ。敵の影は見えない。
しばらく周囲の監視を続けていると、上空に何かの気配を感じた。
見上げてみると、光の球…サイバーエルフがゆっくりと降りてくる。

レジスタンスベースの屋上に、サイバーエルフが舞い降りてくることはそう珍しくない。
かつては、エックスがこんな風にゼロを訪ねてくることもあった。
しかし、今回やってきたのはエックスではなく、マザーエルフだった。
…エックスは、オメガとの最終決戦以来現れなくなった。

マザーエルフがふわふわとゼロの周囲を漂う。
彼女は妖精戦争以前に作られ、エックスやゼロと共に戦った事もある、らしい。
彼女にとってはゼロは懐かしい仲間なのかもしれない。ゼロ自身は覚えていないが。

マザーエルフはゼロの気を引くように、目の前を飛び回る。 何かを伝えたいのだろうか。
「何か用か。」と声をかけると、マザーはゼロの額のクリスタルに触れ、一際強い光を放った。
その瞬間、ゼロの電子頭脳に直接映像が送り込まれる。マザーエルフが、彼女の記憶を見せているのだ。

目の前に小柄な青いレプリロイドの姿が見える。…エックスだ。
戦闘用のアーマーは着けておらず、裾の長いローブを着ている。
サイバーエルフとしてゼロの前に姿を見せたときと同じ格好だが、この映像の中では
彼にはまだレプリロイドとしてのボディがあった。ゼロの見たことのある姿より、ずっと鮮明だ。

エックスが掌の中に持っていた物を大切そうに取り出して、見せてくる。
『ほら、これなんだと思う?マザーエルフ』
マザーエルフは、首を傾げたらしい。視界が傾き、エックスの姿も揺れる。
エックスの手にしている物は、小さなデータディスクだ。
『ゼロが目を覚ましたらね、このディスクをプレゼントするんだ』
エックスが微笑む。
少なくとも、ゼロが今までに見た中では、エックスがこんなに幸せそうな表情をしたことは無かった。
視界がエックスの手元に移る。透き通った薄いブルーのデータディスクが、
光を反射してキラキラと輝いていた。
『ゼロが目覚めるまでの間、ここに隠しておこうと思って。
ねぇ、マザーエルフ。これは、ボクと君だけの秘密だよ』
エックスはそう言って、ディスクを小型の保護ケースの中にしまった。

映像が途切れた。
マザーエルフの声が、直接ゼロの頭に響く。
「エックスのプレゼント、取りに行こうよ」
シエルに事情を話し、転送装置を起動してもらう。
「忙しいところ、すまない。」
気にしなくていいわ、と言いながら、シエルはマザーエルフの入力した座標を確認した。
「この施設は、今は廃墟になっているみたいだけど、元はネオ・アルカディアの管理していた場所よ。…気をつけてね。」

転送された先は、何かの研究所だったようだ。警備メカニロイドがいないか警戒するゼロをよそに、
マザーエルフはふわふわと扉の前まで飛んでいってしまう。
…警備システムは、作動していないらしい。
それどころか、扉の電力すら通っていなかった。破壊しなければ入れないようだ。
セイバーのエネルギーをチャージして、扉を叩き切る。
随分と派手な破壊活動だが、それでも敵が現れる気配は無かった。

建物の内部へと歩を進める。
研究所内にもメカニロイドはいなかった。それどころか、小さな生き物さえも。
まるでこの空間だけ時間が止まっているようだった。
そこかしこに散乱している機材は破損が激しく、何に使われていたものかはわからなかった。
そう複雑ではない建物の中を、マザーエルフはすいすいと飛んでいく。
そして、ある扉の前でぴたりと止まった。

こちらはセイバーを使うまでも無かった。扉の端に手をかけて、こじ開ける。
大量のデータディスクが棚に並べられている部屋だった。資料保管室のような所だろう。
ディスクの大半は、破損していた。
マザーエルフは、部屋の奥まで飛んでいき、壁に体当たりをしている。
…ここを壊せ、という事だろうか。
壁を叩いて調べて見ると、少しだけ音の違う箇所があった。ここか。
壁の中から引きずり出したそれは、確かにマザーエルフの見せた映像と同じ保護ケースだった。

ロックは特にされておらず、ケースを開けるとあの青いディスクが入っていた。これは破損していない。
ゼロがディスクを手に取ったのを見て、マザーエルフは嬉しそうに飛び回った。
これで満足したのか、彼女はそのままどこかへ飛び去ってしまった。サイバーエルフは気紛れだ。

レジスタンスベースへ戻り、ディスクを再生してみたが、何も映らない。
シエルに解析してもらったが、ディスクの中には何もデータは入っていなかった。

「このディスクは…データが破損しているわけでも、消されたわけでもないわ。
それに、隠されているわけでもない…最初から、何も記録されていない新品よ。」
何故、エックスはそんなものをさも大切な物のように遺したのだろう。
「どういうことだ…何故、アイツは」
砂嵐の映るディスプレイを見つめながら、シエルが考え込む。
「…もしかしたら、エックスは、あなたと再会した後で、このディスクを使うつもりだったのかも…
これから先の思い出を、残しておけるように。」
彼は、またあなたと過ごせる日々が戻ってくるって、最後まで信じていたと思うの。
そんな事を言っているシエルが、何故かエックスによく似ているように思えた。
シエルはコンピュータからディスクを取り出し、ゼロに返した。
彼女に礼を言い、ゼロは部屋を出て屋上に向かった。
もう真夜中になっていた。

月明かりにディスクをかざして眺めてみる。
エックスは、このディスクに、どんなデータを記録したかったのだろうか。
…もう、それを知る事はできない。

軽く指先に力を込めると、ディスクにひびが走る。
薄いデータディスクは、容易に粉々になり、手から零れ落ちていく。
透き通ったブルーの欠片が、月の光を反射してキラキラと輝きながら闇の中に消えていった。

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